子育てに正解なんて、きっとない

🌷子育て・保育への思い

ー長男と次男の子育てを通して私が思うことー

子育てをしていると、

「もっと口を出した方がよかったのかな。」

「もっと見守ればよかったのかな。」

そんなことを何度も考えます。

私は4人の子どもを育てていますが、長男と次男では少し違う子育てをしました。

どちらも、その時の私なりに「この子のため」と思って選んだ方法でした。

でも今思うのは、どちらにも良いところがあり、どちらにも課題があったということです。

長男は、とにかく心配でした。

初めての子育て。

何もかもが心配で、忘れ物がないか毎日チェックしていました。

準備も一緒にして、提出物も確認する。

中学生になってからも、「忘れてない?」「あれ出した?」口うるさく声をかけていました。

失敗して困らないように。学校からの手紙も自ら出すのを待たずに勝手にチェック。

嫌な思いをしないように。いや、今思えば私自身が失敗をしたくなかったのかもしれません。

そんな気持ちで、できることはなるべく手を貸してきました。

その結果、長男は約束を守ることや、やるべきことをきちんとする、それが当たり前だと思える気持ちが育ったように思います。

でもその反面、誰かが助けてくれることをどこかで期待してしまう甘えや、人任せな部分もあります。

次男には、見守る子育てを選びました。

長男を育てながら、

「少し口を出しすぎたのかな。」

そんな反省がありました。

だから次男には、なるべく自分で考え、自分で失敗し、その経験から学んでほしいと思いました。

失敗して叱られることも、その子にとって大切な経験。

そう信じて、できるだけ口を出さずに見守りました。

最初は本人も頑張っていたと思います。

でも次第に、

「多少いい加減でも何とかなる。」「忘れても、ま、いいか。」

そんなことまで学んでしまったようでした。

提出物はギリギリ。

遅刻もする。

約束にも少しルーズ。

親としてはもっとちゃんとして欲しい!と思う事ばかりでした。

でも、自分の考えはしっかり持っていて、自分で決める力があります。

本当に壁にぶちあたった時には、強いのかもしれません。

どちらが正しかったの?

正直、今でもわかりません。

長男にも良いところがあり、課題があります。

次男にも良いところがあり、課題があります。

もし長男を見守る子育てにしていたら、違う結果だったのか。

もし次男にもっと口を出していたら、違っていたのか。

それは誰にもわかりません。

三番目、四番目の子どもたち。

今の私は、「こう育てよう」と決めることはあまりありません。

目の前のその子を見て、

「今、この子には何が必要なんだろう。」

そう考えながら向き合っています。

もちろん、うまくいくことばかりではありません。

悩むこともあるし、問題が起きることもあります。

それでも、長男と次男を育てて気づいたことがあります。

子育てには、あとから振り返っても「これが正解だった」と言い切れるものは、きっと少ない。

だから今は、正解を探すことよりも、

今日のこの子としっかり向き合うことを大切にしています。

最後に

保育の仕事をしていると、

「先生だから子育ても上手なんでしょう?」

と言われることがあります。

でも、そんなことはありません。

私も一人の母親として、毎日悩み、迷い、反省しながら子どもたちと向き合っています。

だからこそ思います。

子育ては、正解を探すものではない。

目の前の子どもをよく見て、その子にとって今できる最善を考え続けること。

それが子育てなのかもしれません。

何年後かに「あの時、あれでよかった」と思える日が来るかもしれないし、「違う方法もあったかな」と思う日が来るかもしれません。

でも、その時その時、一生懸命考えて向き合った時間は、きっと子どもにも、自分にも残っていく。

私は、そう信じています。

今、子育てや目の前の子どもたちへの関わりに悩みもがいている方

子育てや保育は、結果ではなく、その時その時の選択の積み重ねです。

「この子にとって今、一番大切なことは何だろう。」

そう問いかけながら、子どもたちと向き合って欲しいと思います。

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