最近、SNSで「不適切保育」についての投稿をよく見かけます。
「お口はチャック」はダメ。
「お背中ぴったんこ」はダメ。
そんな言葉を目にすることも増えました。
もちろん、子どもを威圧したり、ただ黙らせたり、必要以上に行動を制限したりすることは、見直していかなければいけないことだと思います。
でも、その言葉だけを見て、
「それもダメなの?」
「じゃあ、保育士は何も言えないじゃない」
「保育って、なんてやりにくい仕事なんだろう」
そんなふうに感じてしまう人がいるのも、無理はないと思います。
私は、少しだけ立ち止まって考えてほしいのです。
その言葉は、何のために使われているのでしょうか。
たとえば、
「お口チャックしようね」
という言葉。
ただ子どもを黙らせるために使っているのでしょうか。
これから先生が大切な話をするのかもしれない。
避難や移動など、安全に関わる話をするのかもしれない。
先生の声を聞き逃してほしくない場面なのかもしれない。
子どもたちが次の活動に集中できるよう、気持ちを切り替えるためなのかもしれない。
「お背中ぴったんこ」も同じです。
ただ、子どもをじっと座らせておきたいから言っているのでしょうか。
これから人数を確認するのかもしれない。
移動する前に、全員が揃っているか確認するのかもしれない。
安全に次の場所へ移動するために、落ち着いて待つ時間なのかもしれない。
保育の中の言葉には、その前後に必ず活動があります。
そして、その活動には「ねらい」があります。
子どもたちの安全を守ることも、その大切なねらいのひとつです。
保育の現場では、子どもの人数を確認することがあります。
「1、2、3……」
ただ数字を数えているのではありません。
そこにいるはずの子が、ちゃんといるか。
一人ひとりの子どもの安全を確認するためです。
移動するときも、
「走らないよ」
「先生の話を聞いてね」
「お背中ぴったんこで待とうね」
と伝えることがあります。
それは、先生が楽をするためだけではありません。
子どもたちが安全に過ごすために必要なことを伝えている場合もあるのです。
そして、子どもたちは意外と、その意味をちゃんとわかっています。
毎日一緒に過ごしている先生との間に信頼関係があれば、
「お口チャックって言われたから、怖い。黙らなきゃ」
ではなく、
「先生が今から大事なことを話すんだ」
と受け取っている子もいます。
「お背中ぴったんこ」と言われたら、
「今は待つ時間なんだ」
「次に移動するんだ」
と理解している子もいます。
だからこそ、
言葉だけを切り取って、「この言葉を使ったから不適切」と判断することには、少し違和感があります。
もちろん、言葉は何でもいいわけではありません。
「安全のため」という言葉を理由にして、子どもを威圧していいわけでもありません。
何の意図もなく、ただ静かにさせるため。
先生の思い通りに動かすため。
子どもの気持ちや主体性を無視して、ただ従わせるため。
もしそういう使い方になっているのであれば、私たち保育者は立ち止まって考える必要があります。
だからこそ、先生自身が自分に問いかけてほしい。
「私は、この言葉を何のために使っている?」
「この言葉には、ちゃんとねらいがある?」
「そのねらいを、私は説明できる?」
そして、
「この言葉を使ったことに、私は責任を持てる?」
ここが大切なんだと思います。
SNSで、
「この言葉はダメ」
と書いてあったから、
「じゃあ、もう使わないようにしよう」
それだけで終わるのではなく、
「なぜ私はこの言葉を使っていたんだろう?」
と、自分の保育を振り返ってみる。
そこに子どもの安全を守るねらいがあるのか。
子どもの育ちを支えるためなのか。
活動をスムーズに進めるためなのか。
子どもにとって必要な言葉なのか。
自分自身が、その言葉に責任を持てるのか。
そこまで考えて使っている言葉なら、私は先生たちに必要以上に自分の保育を否定してほしくないと思います。
ねらいのある言葉なら、自信を持って保育してほしい。
子どものことを考えて、
「どうしたら安全に過ごせるだろう」
「どうしたらこの子たちに伝わるだろう」
「どうしたら楽しく活動できるだろう」
と毎日考えている先生たちが、
SNSで見かけた一つの言葉に縛られて、
「何も言えない」
「これもダメ、あれもダメ」
と、保育そのものが怖くなってしまうのは悲しいことです。
そして、これは保育士だけの話ではないと思っています。
子育てをしている保護者の方にも、同じことを伝えたい。
SNSには、子育てについてたくさんの情報があります。
「この声かけはNG」
「これはやってはいけない」
「こんな言葉は不適切」
知識を得ることは、とても大切です。
知らなかったことを知ることで、自分の子育てや保育を見直すきっかけになることもあります。
でも、
SNSに書いてある一つの言葉だけを、自分の子育てや保育の正解にしないでほしい。
その言葉が、どんな場面で使われているのか。
誰が、誰に、どんな気持ちで伝えているのか。
その前後に何があるのか。
そこまで見てほしい。
そして、自分が選ぶ言葉にも責任を持ってほしい。
「私はこの言葉を、何のために選んでいるんだろう?」
そう考えてほしい。
子どもにかける言葉は、どんな言葉でもいいわけではない。
だからこそ、
「自分は、責任を持てる言葉を選んでいる」
という自覚を持つことが大切なのだと思います。
不適切保育をなくしていくことは、とても大切なことです。
でも、そのために必要なのは、
「この言葉を使ったらダメ」
という言葉だけのルールを増やしていくことではなく、
「なぜ、その言葉を使ったのか」を考えられる保育者でいること
なのではないでしょうか。
言葉には、意図があります。
その意図には、保育者の思いがあります。
そして、その言葉を受け取る子どもとの間には、毎日の積み重ねでできた信頼関係があります。
だから、どうか言葉だけを切り取らないでほしい。
その言葉の奥にある、
「この子たちを守りたい」
「安全に過ごしてほしい」
「大切なことを伝えたい」
「この活動を一緒に楽しみたい」
そんな保育者の思いまで、見てほしい。
そして、子どものことを考えて保育をしている先生たちが、
「保育って、何を言ってもダメなんだ」
と、自信をなくしてしまわないでほしい。
考えて、迷って、それでも子どものために選んだ言葉なら。
その言葉にちゃんと意図があるのなら。
その言葉に責任を持てるのなら。
どうか、自分の保育に自信を持ってほしい。
子どもたちの安全を守りながら、
子どもたちの育ちを支えながら、
今日も子どもたちと向き合っている先生たちが、
「保育できなくなる」ことだけは、あってほしくないと思っています。



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