私はこれまで、いろいろな育児本を読んできました。
「これでいいのかな?」
「こんな時、どうしたらいいんだろう?」
子育てをしていると、そんなふうに悩むことがあります。
そんな時に育児本を読むと、
「そうか!」
「こういうふうに考えたらいいんだ」
「やってみよう!」
と思うことがたくさんありました。
実際にやってみて、うまくいくこともありました。
「本に書いてあったこと、本当だったんだ!」
そう思うこともありました。
でも――
そんなに簡単にはいきません。
うまくいったのは、その時だけだったり。
しばらくすると、また同じことが起こったり。
何をやっても、なかなか解決しないこともあります。
そして、だんだん思うようになるんです。
「結局、きれいごとなんじゃない?」
「本に書いてあることと、現実は違うよ」
「そんなに子育て、甘くないよ」
って。
きっと、私がこれから書くことを読んで、
「そんなにうまくいかないよ」
「それができたら苦労しないよ」
と思う人もいると思います。
私も、そう思ったことがあります。
それでも、今振り返ってみると、育児本を読んできたことは無駄ではなかったと思っています。
方法そのものが役に立ったというより、
子どもの行動の「裏側」を見る視点をもらったこと。
それが大きかったのだと思います。
「どうして、こんなことをするんだろう?」
「この行動の裏には、どんな気持ちがあるんだろう?」
そう考えるようになりました。
もちろん、考えたからといって、全部わかるわけではありません。
何度考えても、わからないことだってあります。
子どもに聞いても、答えてくれないこともあります。
「今、この子は何を思っているんだろう」
そう考えながらも、結局わからないまま終わることもあります。
それでもいいんだと思います。
向き合おうとした。
いろんな方法を試してみた。
うまくいかなかったら、別の方法を考えてみた。
自分だけではわからなければ、誰かに相談してみた。
違う人の考えを聞いてみた。
それだけでも、十分なんじゃないでしょうか。
私は、一番怖いのは、
子どもの「行動」だけを見てしまうことだと思っています。
「叩いた」
「暴言を吐いた」
「学校に行かない」
「言うことを聞かない」
「反抗する」
行動だけを切り取れば、「困った子」に見えてしまう。
でも、その行動の奥には、何か思いがあるのかもしれません。
もちろん、だからといって、何をしても許していいわけではありません。
叩いてはいけないことは伝える。
人を傷つける言葉は止める。
やってはいけないことには、きちんと線を引く。
でも、
行動を止めることと、その子の気持ちを知ろうとすることは、両立できる。
私はそう思っています。
「どうしてそんなことをしたの?」
と責める前に、
「何かあったのかな?」
「何を伝えようとしているのかな?」
と、一度立ち止まってみる。
それだけで、見えるものが少し変わることがあります。
もちろん、毎回そんなふうに冷静でいられるわけではありません。
親だって人間です。
イライラすることもある。
怒鳴ってしまうこともある。
「もう知らない!」と思ってしまうこともある。
子育ては、きれいごとだけではできません。
育児本に書いてある通りにできない日もある。
昨日できたことが、今日はできないこともある。
何度言っても伝わらないこともある。
「どうしたらいいの?」と途方に暮れることだってある。
だから私は、
「正しい子育て」をしなければいけないとは思いません。
正解を知っている親なんて、たぶんいない。
その子によって違うし、
同じ子でも、その日の気持ちや環境によって違う。
昨日うまくいった方法が、今日は全然通用しないことだってある。
それでも、
「この子は今、何を思っているんだろう?」
と一度立ち止まる。
「私のやり方で合っているのかな?」
と考える。
「他に何かできることはないかな?」
と探してみる。
その一歩に、意味があるんじゃないでしょうか。
子育てに、いつでも正解を出せなくてもいい。
うまくできなくてもいい。
失敗してもいい。
それでも、知ろうとする。
その子の行動だけではなく、その奥にある気持ちを知ろうとする。
わからなければ、誰かの力を借りてもいい。
育児本を読んでもいい。
人に相談してもいい。
一度やってみて、うまくいかなければ、また考えればいい。
きっと子育てって、
「正しい方法を見つけること」ではなく、
その子を知ろうとし続けること
なのかもしれません。
だから、もし今、
「何をやってもうまくいかない」
「育児本を読んでも、その通りにならない」
「私の子育て、これでいいのかな」
と悩んでいる人がいたら。
私は、
「それだけ悩んでいること自体が、その子と向き合っている証拠なんじゃないかな」
と思います。
完璧じゃなくていい。
正解じゃなくてもいい。
今日うまくいかなかったとしてもいい。
それでも、
「この子は今、何を思っているんだろう?」
と、もう一度その子を見てみる。
その「知ろうとすること」には、きっと意味があります。



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