きれいごとじゃ、子育てはできない。それでも『知ろうとすること』には意味がある

🌷子育て・保育への思い

私はこれまで、いろいろな育児本を読んできました。

「これでいいのかな?」

「こんな時、どうしたらいいんだろう?」

子育てをしていると、そんなふうに悩むことがあります。

そんな時に育児本を読むと、

「そうか!」

「こういうふうに考えたらいいんだ」

「やってみよう!」

と思うことがたくさんありました。

実際にやってみて、うまくいくこともありました。

「本に書いてあったこと、本当だったんだ!」

そう思うこともありました。

でも――

そんなに簡単にはいきません。

うまくいったのは、その時だけだったり。

しばらくすると、また同じことが起こったり。

何をやっても、なかなか解決しないこともあります。

そして、だんだん思うようになるんです。

「結局、きれいごとなんじゃない?」

「本に書いてあることと、現実は違うよ」

「そんなに子育て、甘くないよ」

って。

きっと、私がこれから書くことを読んで、

「そんなにうまくいかないよ」

「それができたら苦労しないよ」

と思う人もいると思います。

私も、そう思ったことがあります。

それでも、今振り返ってみると、育児本を読んできたことは無駄ではなかったと思っています。

方法そのものが役に立ったというより、

子どもの行動の「裏側」を見る視点をもらったこと。

それが大きかったのだと思います。

「どうして、こんなことをするんだろう?」

「この行動の裏には、どんな気持ちがあるんだろう?」

そう考えるようになりました。

もちろん、考えたからといって、全部わかるわけではありません。

何度考えても、わからないことだってあります。

子どもに聞いても、答えてくれないこともあります。

「今、この子は何を思っているんだろう」

そう考えながらも、結局わからないまま終わることもあります。

それでもいいんだと思います。

向き合おうとした。

いろんな方法を試してみた。

うまくいかなかったら、別の方法を考えてみた。

自分だけではわからなければ、誰かに相談してみた。

違う人の考えを聞いてみた。

それだけでも、十分なんじゃないでしょうか。

私は、一番怖いのは、

子どもの「行動」だけを見てしまうことだと思っています。

「叩いた」

「暴言を吐いた」

「学校に行かない」

「言うことを聞かない」

「反抗する」

行動だけを切り取れば、「困った子」に見えてしまう。

でも、その行動の奥には、何か思いがあるのかもしれません。

もちろん、だからといって、何をしても許していいわけではありません。

叩いてはいけないことは伝える。

人を傷つける言葉は止める。

やってはいけないことには、きちんと線を引く。

でも、

行動を止めることと、その子の気持ちを知ろうとすることは、両立できる。

私はそう思っています。

「どうしてそんなことをしたの?」

と責める前に、

「何かあったのかな?」

「何を伝えようとしているのかな?」

と、一度立ち止まってみる。

それだけで、見えるものが少し変わることがあります。

もちろん、毎回そんなふうに冷静でいられるわけではありません。

親だって人間です。

イライラすることもある。

怒鳴ってしまうこともある。

「もう知らない!」と思ってしまうこともある。

子育ては、きれいごとだけではできません。

育児本に書いてある通りにできない日もある。

昨日できたことが、今日はできないこともある。

何度言っても伝わらないこともある。

「どうしたらいいの?」と途方に暮れることだってある。

だから私は、

「正しい子育て」をしなければいけないとは思いません。

正解を知っている親なんて、たぶんいない。

その子によって違うし、

同じ子でも、その日の気持ちや環境によって違う。

昨日うまくいった方法が、今日は全然通用しないことだってある。

それでも、

「この子は今、何を思っているんだろう?」

と一度立ち止まる。

「私のやり方で合っているのかな?」

と考える。

「他に何かできることはないかな?」

と探してみる。

その一歩に、意味があるんじゃないでしょうか。

子育てに、いつでも正解を出せなくてもいい。

うまくできなくてもいい。

失敗してもいい。

それでも、知ろうとする。

その子の行動だけではなく、その奥にある気持ちを知ろうとする。

わからなければ、誰かの力を借りてもいい。

育児本を読んでもいい。

人に相談してもいい。

一度やってみて、うまくいかなければ、また考えればいい。

きっと子育てって、

「正しい方法を見つけること」ではなく、

その子を知ろうとし続けること

なのかもしれません。

だから、もし今、

「何をやってもうまくいかない」

「育児本を読んでも、その通りにならない」

「私の子育て、これでいいのかな」

と悩んでいる人がいたら。

私は、

「それだけ悩んでいること自体が、その子と向き合っている証拠なんじゃないかな」

と思います。

完璧じゃなくていい。

正解じゃなくてもいい。

今日うまくいかなかったとしてもいい。

それでも、

「この子は今、何を思っているんだろう?」

と、もう一度その子を見てみる。

その「知ろうとすること」には、きっと意味があります。

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