子どもが自分で靴を履けるようになった頃。
服を一人で着替えられるようになった頃。
「自分でやってごらん。」
そう声をかけます。
でも、思うようにできません。
靴が反対になったり、
服がうまく入らなかったり。
時間もかかります。
そんなとき、私たちはつい手を伸ばします。
「手伝おうか?」
「こうしたら早いよ。」
忙しい朝。
時間に追われているとき。
私も何度もそうしてきました。
手伝うことが悪いと言いたいわけではありません。
ただ、保育をしていると、
本当に、ほんの一瞬で子どもの様子が変わる瞬間があります。
子どもは一生懸命、自分でやっています。
うまくできなくても、
何度もやり直しています。
小さな手を動かして、
自分なりに考えながらやっています。
そこへ大人が、
「手伝おうか?」
と手を伸ばした瞬間。
さっきまで動いていた手が、すっと止まる。
そして、
「やってもらおう」
と、体を預ける。
私は、こういう瞬間を何度も見てきました。
でも、もしかすると、
大人は、その変化に気づかないことも多いのではないでしょうか。
「困っていたから手伝った。」
「時間がなかったから手伝った。」
ただ、それだけだと思っている。
でも、その一瞬に、
子どもの中にあった
「自分でやってみたい」
という気持ちが、ふっと消えていることがあるのです。
だから私は、
まず、この瞬間があることを知ってほしい。
子どもが自分でやろうとしているとき、
大人が手を出したことで、
「やってみたい」が止まってしまう瞬間が、本当にある。
そのことを知っているだけでも、
「手伝おうか?」と手を伸ばす前に、
ほんの少し待てることがあるかもしれません。
「やってるね。」
「もう少しだね。」
そんなふうに見守ることができるかもしれません。
もちろん、
毎日できなくてもいい。
時間に余裕がない日もある。
「早くして!」と怒ってしまう日もある。
「自分でやりなさい」と言う日もあれば、
「もう、やってあげる!」と手を出してしまう日もあります。
お母さんだって、毎日同じようにはできません。
子育てにマニュアルなんてありません。
だから、自分を責めなくていいと思います。
ただ、
「こんな瞬間があるんだ」
と知っておいてほしい。
そして、もしその瞬間に気づけた日があったら、
ほんの少しだけ待ってみてほしいのです。
子どもが求めているのは、
「早くできること」ではなく、
「自分でできた!」を一緒に喜んでもらうことなのかもしれません。
子どもの「やってみたい」を、
いつも守ることはできなくてもいい。
でも、
その小さな気持ちが止まってしまう瞬間があることに、気づける大人でいたい。
私は、そう思っています。



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