「貸して」には「いいよ」が、本当に正解?
「貸してって言ったのに、貸してくれない!」
そう言って、先生のところに訴えにくる子がいます。
「返事してくれない!」
ということもあります。
そこで先生が一緒に行って、
「貸してって言ってるよ。貸してくれる?」
と伝えると、
「……いいよ」
すんなり貸してくれることが、よくあります。
「いいよだって。よかったね。ありがとう」
これで解決。
……なのかな?
ふと、思うんです。
さっき「貸してくれなかった」って言ってたのは、嘘だったの?
違いますよね。
先生が一緒に来たから、言いやすくなったのかもしれない。
先生に言われたから、「いいよ」と言ったのかもしれない。
本当はまだ遊びたかったけれど、断れなかったのかもしれない。
もちろん、先生が間に入ることで、気持ちを切り替えて「いいよ」と言えることもあります。
でも、本音はきっと
本当は貸したくないけど、いいよって言わないと怒られるかもしれない。
貸してって言われたら、いいよって言わないといけないんだった・・・
そんな風に思わせてしまっているのかもしれません。
「いいよ」と言えたから、それですべて解決。
そうして流してしまって、本当にいいのかなと思うんです。
「本当はどうしたかった?」
そう聞いてみる。
「まだ遊びたかったんだね」
「○○ちゃんも使いたいんだって」
「じゃあ、どうしたらいいかな?」
一緒に考えてみる。
「今使ってるから、終わったら貸すね」
「もう少し遊んだら貸す」
そんな伝え方を知ることも、子どもにとって大切な経験です。
そして、貸してもらえなかった子の気持ちも大切です。
「使いたかったね」
「どうしたら貸してもらえそうかな?」
「貸して」と言う子にも、
「今は貸したくない」と思う子にも、
それぞれの気持ちがあります。
もちろん、保育の現場では、何十人もの子どもを見ています。
一人ひとりの貸し借りに、毎回丁寧に関わることはできません。
「もう、とにかく『いいよ』って貸してあげて」
そう言いたくなる場面だってあります。
わかります。
すごーくわかります。
だから、毎回完璧に関わらなくてもいい。
ただ、大人が心の片隅に置いておきたいのは、
「貸して=いいよ」だけが正解ではない
ということ。
「いいよ」と言える優しさも大切。
でも、
「まだ使いたい」
「今は嫌」
「もう少し待って」
と言えることも、大切なんじゃないでしょうか。
大人だって、場面によっては我慢したり、言いたいことを飲み込んだりします。
「ここでは我慢しなきゃ」
そうやって、少しずつ社会の中での振る舞いを覚えていく。
だからこそ、安心できる場所では、
「本当はどうだった?」
と聞いてもらえることが大切なのかもしれません。
子どもにも、
「いいよ」と言える優しさと、
「本当は嫌だった」と言える安心感。
その両方を持っていてほしい。
「いいよ」と言えたことだけを見て、
「よかったね」
で終わらせなくてもいい。
その「いいよ」の奥にある気持ちにも、そっと目を向けてあげたいなと思います。



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