『貸して』には『いいよ』が、本当に正解?

🌷子育て・保育への思い

「貸して」には「いいよ」が、本当に正解?

「貸してって言ったのに、貸してくれない!」

そう言って、先生のところに訴えにくる子がいます。

「返事してくれない!」

ということもあります。

そこで先生が一緒に行って、

「貸してって言ってるよ。貸してくれる?」

と伝えると、

「……いいよ」

すんなり貸してくれることが、よくあります。

「いいよだって。よかったね。ありがとう」

これで解決。

……なのかな?

ふと、思うんです。

さっき「貸してくれなかった」って言ってたのは、嘘だったの?

違いますよね。

先生が一緒に来たから、言いやすくなったのかもしれない。

先生に言われたから、「いいよ」と言ったのかもしれない。

本当はまだ遊びたかったけれど、断れなかったのかもしれない。

もちろん、先生が間に入ることで、気持ちを切り替えて「いいよ」と言えることもあります。

でも、本音はきっと

本当は貸したくないけど、いいよって言わないと怒られるかもしれない。

貸してって言われたら、いいよって言わないといけないんだった・・・

そんな風に思わせてしまっているのかもしれません。

「いいよ」と言えたから、それですべて解決。

そうして流してしまって、本当にいいのかなと思うんです。

「本当はどうしたかった?」

そう聞いてみる。

「まだ遊びたかったんだね」

「○○ちゃんも使いたいんだって」

「じゃあ、どうしたらいいかな?」

一緒に考えてみる。

「今使ってるから、終わったら貸すね」

「もう少し遊んだら貸す」

そんな伝え方を知ることも、子どもにとって大切な経験です。

そして、貸してもらえなかった子の気持ちも大切です。

「使いたかったね」

「どうしたら貸してもらえそうかな?」

「貸して」と言う子にも、
「今は貸したくない」と思う子にも、
それぞれの気持ちがあります。

もちろん、保育の現場では、何十人もの子どもを見ています。

一人ひとりの貸し借りに、毎回丁寧に関わることはできません。

「もう、とにかく『いいよ』って貸してあげて」

そう言いたくなる場面だってあります。

わかります。

すごーくわかります。

だから、毎回完璧に関わらなくてもいい。

ただ、大人が心の片隅に置いておきたいのは、

「貸して=いいよ」だけが正解ではない

ということ。

「いいよ」と言える優しさも大切。

でも、

「まだ使いたい」

「今は嫌」

「もう少し待って」

と言えることも、大切なんじゃないでしょうか。

大人だって、場面によっては我慢したり、言いたいことを飲み込んだりします。

「ここでは我慢しなきゃ」

そうやって、少しずつ社会の中での振る舞いを覚えていく。

だからこそ、安心できる場所では、

「本当はどうだった?」

と聞いてもらえることが大切なのかもしれません。

子どもにも、

「いいよ」と言える優しさと、

「本当は嫌だった」と言える安心感。

その両方を持っていてほしい。

「いいよ」と言えたことだけを見て、

「よかったね」

で終わらせなくてもいい。

その「いいよ」の奥にある気持ちにも、そっと目を向けてあげたいなと思います。

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